人間意識の末路と人間意識進化のミチ


自然界や動物界と言われるほんとうは目に見えない霊的役割のものを犠牲にして映し出す
人間ご都合主義の世界観ほど
これからの次元にとって無駄なものはない。



‘ わたし ‘ が疑わず当然かのように使っているもの

‘ わたし ‘ とって物的に便利だからと使っているもの



視点・観点が盲目すぎて(物的すぎて)



‘ わたし ‘ の奥の自然界や動物界という霊的役割を自らとことん蝕んでいる
ということを理解できない人間がほとんど。



「 無知は罪 」とは、こういうことを言うのだ。



奥の意識が観れない人間は、
その物的表面観点のせいで
自らを滅ぼすことに繋がっていることが理解ができない。



例えば、
学校では未だ習字を習わせる。



この筆はどのようにしてできているのか?
そんな疑問を抱く子なんてほとんどいない。



そんな疑問を抱く方が異端児扱いされる
薄っぺらな思考人間の次元だったからだ。



すべての観点が
人間(物的欲出発からの観点)中心だ。




もう、その壮大な誤ちに気がつくように
人間ひとりひとりが
自らの内面意識の使い方を律していかなければならない。



人間の娯楽という「 欲意識 」からのゴルフ場

人間の承認欲求という「 欲意識 」からの化粧品

人間の楽していきたいという「 欲意識 」からの薬



挙げればキリがなく
ほとんどがそうなのだが、
人間都合から創られたこれまでの次元は
もう一掃されるよ。



映し出されなくなるということだ。



‘ わたし ‘ がなにを信じ

‘ わたし ‘ がなにを選び

‘ わたし ‘ がなにを捨てなければならなかったのか



‘ いま ‘ という瞬間に、真剣に ‘ わたし ‘ という魂に向き合ったならば


すべては必然的に ‘ わたし ‘ というミチに変化して映し出される。