「 まごころ 」があるから尊い扱いができるのか。
尊い扱いをするから「 まごころ 」が生まれるのか。
「 欲意識 」を出発にし「 まごころ 」がなくなれば
すべての人間・もの・ことに対する尊さの認識は存在しなくなってしまうのか。
人間の本性というものは
土壇場、水場で顕れる。
ここで言う土壇場とは
感情的に切羽詰まった場合、決断を迫られる場合など。
水場とは
トイレや洗面、お風呂場など水が流れる場など。
自らが自らを省みることが難しい場でこそ
「 まごころ 」で
‘ わたし ‘ = ‘ わたしが映し出している人間・もの・こと ‘ を
‘ わたし ‘ を主語にして考えるということができるでしょうか?
‘ わたし ‘ が苦しいと認識しているときにこそ
どうすればその映し出しステージから抜け出せるのかを
‘ わたし ‘ のために ‘ わたし ‘ の奥の感覚を真剣に捉え考えるということをしていますか?
‘ わたし ‘ がほんとうは何を訴えているのか、目に見えない奥からの感覚を捉える努力をし、認識するために言葉にするということから逃げ、安易に映し出された誰かに考えてもらおうとする、
映し出された誰かのせいにして我を忘れ般若の表情や態度として表出させてしまう、
これこそが ‘ わたし ‘ への冒涜であり「 怠惰 」なのである。
自らのことを責任をもって目に見えている表面上で捉えるのではなく、
目に見えない奥に在る意識からどんな選択行動につながっているのか考えようとしないということ自体が
もうすべて人間が気づこうとしない「 怠惰 」なのです。
言葉も何もかも表面上で捉えてばかりで
「 怠惰 」と聞けば
それは物理的にボディで「 動かないこと 」と瞬時に捉えてしまいませんか?
それがそもそもの捉え違い。
ほんとうの「 怠惰 」とは
自らの奥からの感覚を認識する(考える)ことからすぐに逃げる選択行動をすること。
すでに在る表面上のことを見て考えていても
それは「 考える 」には入らない。
それは複合的に映し出されている誰かの世界に入り込んだ自分が
「 欲意識(その中の条件)から選んでいる、得ようとしている 」にすぎない。
‘ わたし ‘ の負のエネルギーや汚れたものを流して循環してくれるお風呂やトイレ、洗面所などに対しても
当たり前に使い雑に扱うことが普通になってしまっている人間もいる。
それは「 欲意識 」から選ぶ、得ようということに忙しすぎて
自らの奥の感覚が盲目になっているからだ。
この物的表現次元地球においてはとてつもなく大事なボディに対しても
「 欲意識 」からの表面ジャッジにいそしんでばかりで、
‘ わたし ‘ という意識を動的に表現できる尊い器であったのだという認識ができない者もいる。
カラダを動かせる尊さの意味を忘れた人間は、
自らの意識の状態がいざカラダに苦しい症状として現象化した不都合な状況においても
すぐに「 楽になりたい欲 (考えなくていい欲)」から表面上症状の現象化を押さえ込む薬や誰かの症例を見つけて楽になりたいと安心材料を求めてばかりで、
自らのそのように現象化させた意識の在り方を省みようとしない。
だからどうしても
この世界で発展していくテクノロジーはすべて「 欲意識 」出発からのものになってしまっている。
便利と怠惰は背中合わせであり
「 楽をしたい欲(考えなくていい欲) 」で使えば便利なものが一気に怠惰のツールとなる。
「 欲意識(自らの奥を省みず表面からジャッジし選ぶ意識) 」とは、
どの場面においても自覚してコントロールできなければ
どこまでも ‘ わたし ‘ という魂を忘却させてしまう極めて厄介な意識なのだ。
‘ わたし ‘ という魂を
‘ わたし ‘ が映し出している人間・もの・こと・世界を
「 まごころ 」で扱うことができるか。
それとも
「 楽をしたい欲 = 怠惰 」から使うのか。
内面意識世界(自らの奥の感覚)とは現実世界(映し出された物的な人間・もの・こと)とイコールであり
決して別けることはできません。
‘ わたし ‘ の内面意識に真摯に向き合い考察してゆくということは
‘ わたし ‘ の現実である時空間、カラダ、映し出しているすべての人間・もの・ことに
「 まごころ 」をもつということになるのです。
‘ わたし ‘ の視点・観点で認識しているデータしか
‘ わたし ‘ の前には映し出されていない。
‘ わたし ‘ の意識認識ステージ(周波数)が
‘ わたし ‘ の現実の状況。
‘ わたし ‘ を識るということは
必ず ‘ わたし ‘ の体験からでしかできない。
‘ わたし ‘ の表面に現象化している場面だけでジャッジし選んでも
決して答えは出てこないのだ。
人間に備わる ‘ 目に見えない奥からの感覚を考え認識する = 0から1にする ‘ ということこそが
次のステージに進むための最大のスペックなのです。
怠惰
